結婚しようよ|吉田拓郎が歌った時代を変えたフォークソング

女将のひとりごと
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※本記事は一部AIを活用していますが、内容は筆者の体験・意見をもとに作成しています。

「50音楽」企画第9回「け」で始まる曲、今回は吉田拓郎よしだたくろうさんの「結婚しようよ」です😃

この曲は、フォークソングを一般層いっぱんそうに広めた代表曲の一つです☝🏻
当時としてはめずらしく、「結婚しようよ」というストレートなプロポーズを歌ったさわやかなラブソングで、多くの若者の共感を呼びました。

かつては結婚式の定番曲としても知られていたようで、「昭和のプロポーズソングの王道」とも言われる一曲です😍

 

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「結婚しようよ」 吉田拓郎(1972)

フォークソング初の国民的大ヒット

それまでフォークは「若者だけがく音楽」というイメージが強かったのですが、「結婚しようよ」の大ヒットで一気にお茶の間へ広がりました。

•1972年1月発売。
•シングルは50万枚を超える大ヒットを記録。

吉田拓郎は、この曲で一躍いちやくトップスターになりました😮

編曲は加藤和彦

実は、編曲を担当したのはザ・フォーク・クルセダーズやサディスティック・ミカ・バンドで知られる加藤和彦さん🙂

あの軽快で親しみやすいバンジョーやアコースティックギターの雰囲気は、加藤和彦氏のアレンジによるところも大きいと言われています😌

アルバム収録曲だった

意外ですが、「結婚しようよ」はもともと1971年発売のアルバム『人間なんて』に収録されていました。
その後、CBSソニーへ移籍いせきした際にシングルとして発売され、大ヒットにつながったのです😮

「旅の宿」へ続く大ブレイク

「結婚しようよ」がヒットした半年後には「旅の宿」が発売され、こちらもチャート1位を獲得かくとく
1972年は、まさに吉田拓郎の年でした🙂

魅力的なフレーズ

私は「フォーク世代」ではなく、音楽に興味を持ち始めたのは、その後の「ニューミュージック」が台頭たいとうし始めた頃でした😃

当時、小学生だった私がこの曲を覚えているというのは、さすがフォークソングを一般層に広めた代表曲と言われるだけの事はありますね😌

昭和の小学生

明星みょうじょうだったか平凡へいぼんだったか、芸能雑誌の付録ふろくのソングブックに、歌謡曲に混ざって、この曲の譜面ふめんと歌詞が掲載けいさいされていました🙂

冒頭ぼうとう

♪ 僕の髪が〜 肩まで伸びて〜 ♪

という歌詞を、不思議に思った記憶があります。

今でこそ、男性の「ロン毛」は珍しくはなく、当時のフォークシンガーたちも長い髪の人は多かったのですが、小学生の私はそんな事は知りません😀

なんで男の人が髪を伸ばすんだろう?

と疑問を持ってしまうあたり、私はまぎれもない昭和の子供でした(笑)

他にも「町の教会」や「白いチャペル」、「お花畑」、「エクボ」など、非日常とは言わないまでも、

こんな感じかな?

といろいろ想像させる、普段あまり聞くことのないキラキラしたフレーズは、それまで「拓郎=反体制フォーク」のイメージを持っていたであろう拓郎ファンは、さぞ驚いたことでしょう😮

ツヨシの師匠

おいらの家まで」の記事にも少し書きましたが、吉田拓郎は長渕剛の師匠ししょうでもあります🙂
ツヨシは拓郎の背中をずっと追いかけていました😌

そして、音楽以外でも…👀

  • 拓郎の妻がアイドル歌手の浅田美代子だった頃、ツヨシが結婚したのは、アイドル歌手の石野真子でした🙂
  • 時が経ち、拓郎は離婚、ツヨシも離婚😮
  • そして、拓郎は女優の森下愛子と再婚、ツヨシも女優の志穂美悦子と再婚…😆

単なる偶然かもしれませんが、

そこまでトレースせんでもええんちゃう?

と、思わずにはいられません(笑)

 

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女将のひとりごと

だいぶ脱線だっせんしましたが、無理矢理まとめます(笑)

当時の若者たちにとっては、「結婚」を真正面から歌う曲は意外と珍しかったようです🙂

「恋をしよう」「好きだ」という歌はあっても、「結婚しようよ」とストレートにプロポーズする歌は新鮮で、爽やかな印象が、きっと支持されたのでしょうね😌

「時代を変えたヒット曲」の1つと言えるかもしれませんね☝🏻

吉田拓郎 ベスト DQCL-2103

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