【愛の意味と人間関係の探求】愛するということ エーリッヒ・フロム著

「愛」について、書いてみようと思います。
「愛」というのは、人類にとっての大きな関心事の一つです。

「食べること」とか「生きていくこと」とか生存本能に根ざすことからくるものよりも、「愛」のような精神的なものが最大の関心事である世の中というのは、きっと平和なのでしょうね。

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芹沢「愛」を語る

「愛する」…ってどういう事でしょ?
もともと日本にあった言葉ではないので、これを定義するのは非常に難しいことだと思います。

「愛」の対象も様々です。
親子、兄弟、配偶者、恋人、自分、人類、隣人、神への愛なんていうものも存在します。

キリスト教では「愛」は至上のものであり、仏教では「愛(情)」は執着で、それよりも慈悲が至上のものとされているようです。

これは想像でしかないのですが、「無償の愛」を一番容易に実践できるのは、おそらく親の子供に対する愛ではないか? と思います。

自分の子供の命を奪ってしまう親も存在するという悲しい現実もありますが、まあここは一般論として…。

そして、世の中が変わってもおそらくはそれに左右されるものでもないでしょう。

対して、男女間の「愛」は、世の中の変化とともに、一番激変したのではないでしょうか?

そこら辺を語ってくれている、エーリッヒ・フロムの書籍を紐解いてみたいと思います。

著:エーリッヒ・フロム, 翻訳:鈴木晶
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「愛すること」と「愛されること」

エーリッヒ・フロム(「新フロイト派」の代表的存在とされている)は、彼の著書『愛するということ』の中で

生きることが技術であるのと同じく、愛は技術である

 『愛するということ』エーリッヒ・フロム著 紀伊國屋書店より


と述べています。そう遠くない昔、

結婚は社会的配慮にもとづいて取り決められるものであり、結婚した後ではじめて愛が生まれるのだと考えられていた。

『愛するということ』エーリッヒ・フロム著 紀伊國屋書店より 


あるいは、結婚とはロマンスの終わりを意味するものでした。
だから「愛」には技術と能力、加えて結婚には、「相手を愛する」という「決意と覚悟」が必要だったのです。

ところが、ここ数世代の間に、ロマンティック・ラブという概念が西洋社会に広く浸透した。

(中略)

この自由な愛という新しい概念によって、能力よりも対象の重要性のほうがはるかに大きくなったにちがいない。

『愛するということ』エーリッヒ・フロム著 紀伊國屋書店より 

たいていの人は愛の問題を、愛するという問題、愛する能力の問題としてではなく、愛されるという問題として捉えている。

つまり、人びとにとって重要なのは、どうすれば愛されるか、どうすれば愛される人間になれるか、ということなのだ。

『愛するということ』エーリッヒ・フロム著 紀伊國屋書店より


平たく言ってしまえば、

現代社会のほとんどの人が考えている「愛される」というのは、人気があることと、セックスアピールがあるということを併せたようなものなのだ。

『愛するということ』エーリッヒ・フロム著 紀伊國屋書店より

何だかものすごく理屈っぽいですが、納得はいきますね。

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芹沢流「愛する技術」(恋愛編)

現在は自由恋愛の世の中になってしまったので、男女間の恋愛について、主に女性視点ですが、少し実践的な面を考えてみました。

彼女に

ね? アタシの事、愛してる?

と聞かれて、いつも答えに困ってしまう。
ということ、男性は結構あるんじゃないかな? と思います。

それに対する反応は、人それぞれで、

うーん、アイシテルヨー

とノリで答える人もいれば、
「愛」という言葉を軽々しく使いたくなくて

好きだよ

としか言えない人、
照れくさくて

アホ!

でごまかす人、まあいろいろですね。

この中で一番マズイのは「好きだよ」でしょうねえ、やはり。
「愛してる?」と尋ねて「好きだよ」と返された日にゃあ、オンナとしては、そりゃームッとしますわな。

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男性側の技術

ただ、実のところ、問題はそこではないんですよね。
女性というのは、常に愛情の確認をしていたいだけなんですよ。
自分が愛されていることを確認できなくなると不安になるのです。

それを解消してあげれば、頻繁に

アイシテル?

と聞かれることは無くなると思います。

別に「愛」という言葉を使わなくても問題はありません。
特に用事はなくとも

元気か?

と声をかけてみるとか、何か良いトコロを見つけて褒めてあげるとか、何でも良いです、とにかく気にかけていることを表現してあげれば良いだけの話なのです。

それだけで、彼女の機嫌は目に見えて良くなるのですから安いモノです。

女性側の技術

とはいうものの、実は私は、女性はあまりこういう愛情確認みたいなことはしない方が良いと思っています。
それは何故か? 自分から尋ねて答えをもらったとしても、決して充分な安心感は得られないからです。

私のことどう思ってる? 好き?

こう聞かれたら

好きだよ

と答えるしかないじゃないですか。
その場はそれでおさまりますが、不安は依然として残ったままです。

それではどうすれば良いのか? 私は、あまり負担にならないちょっとした頼みごとをすることをオススメします。

大抵の男性は、女性の役に立ちたいと思っています(と思う)。
なので、すぐに動いてくれるでしょう。
そうなれば、「気にかけてもらっている」と実感することができます。

そして、してもらった事に対しては、ちゃんと

ありがとう

と言いましょう。
男性の方も、それで満足します(と思う)。

次に、伝家の宝刀

ワタシと仕事、どっちが大事?

ですが、これはもう、そんな次元の違うモノ、比べてもしかたありません。

大方の男性にとって、仕事はアイデンティティのよりどころです(と思う)。

とはいえ、それで淋しい気持ちになっているのなら、そのことはちゃんと伝えた方が良いでしょうね。

ただ、伝え方にも工夫が必要なので、そこは考えましょう。
自分の気持ちをストレートに相手にぶつけるだけでは、おそらく伝わりません。
男性と女性の考え方、感じ方は違うものです。

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相手の立場に立って考えてみよう

ではどういう伝え方をすれば、自分の思ったように伝わるのか? これは重要な問題です。

相手の立場に立って考える、愛情のある関係にとって、これ以上有効な手段はないと思います。

「相手の身になる」ということは、自分の欲求を押さえつけるということと、必ずしも=(イコール)というわけではありません。

ちょっと戦略的ではありますが、そうすることで、自分の望みが叶う(愛される)ということを理解していれば、喜んでできるのではないでしょうか。

ただ、時にはその「相手の幸せ」のために、手放さなければいけない局面もあります。
そこで喜んで手放すことができるかどうかで、その真価が問われる場合もあるということは、付け加えておくべきかな?

というわけで、愛は技術です。鍛練すればレベルアップする能力です。

ところで、かく言う私自身は「愛する」という言葉自体には、あまりとらわれなくても良いんじゃないかな? と思います。

あくまで、人間対人間のより良い関係づくりを目指せれば、それで良いのではないかと…。

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オチ

最後に、辞書ひいてみました。

【愛】そのものの価値を認め、強く引きつけられる気持ち。

イ:かわいがり、いつくしむ心。いつくしみ恵むこと。いたわりの心。

ロ:大事なものとして慕う心。特に、男女間の慕い寄る心。恋。

ハ:その価値を認め、大事に思う心。

岩波国語辞典より


え? こんなんいらん?
とはいえ、愛だろ、愛っ(笑)

著:エーリッヒ・フロム, 翻訳:鈴木晶
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